いわさき司法書士事務所の津田です。

最近ニュースになっていた「
長崎市青山町の私道封鎖問題」について取り上げたいと思います。
長くなるので、3回にわけてアップします。


最初聞いたときは、地域の荘園領主が「この関を通りたくば、銭を払え」といって、支配地域に関を作って関銭を徴収していた中世さながらの事件が現代日本で起きてると感じました。

報道で知り得る以上のことは何も知りませんが、ブレインストーミング的に法律上の論点を見ていきたいと思います。


1)事案の概要


ディベロッパーであるA社が開発・分譲後、道路部分を所有し続け、住民に無償で使用させていたが、A社が会社整理を行ったことで、道路部分の所有権が別のB社に移ったために起こったものです。

当初、B社は長崎市に道路部分の寄付を申し入れたそうですが、長崎市は管理の手間などを理由に受け入れを拒否。

そこで、B社は住民に買い取るよう申し入れ、価格面で折り合いがつかずに決裂。

B社は住民に通行料の支払いを要求し、支払わない場合は通行を認めないとして、私道をバリケードで封鎖しました。

 

ちなみに、弊事務所でも宅地分譲の登記申請のご依頼を多く受任していますが、道路部分については住民の共有になるように、住宅用敷地と道路部分の共有持分権が一括で売買されており、このような問題は起こりにくい形で取引が行われています。

 

2)通行権の時効の成立の主張

住民側が主張する「50年にわたり問題なく利用してきたこと」は、実は法律上強力な主張です。

これを法律上後押しするのが時効の制度です。

しかし、今回は住民側が何かしらの通行する権利を時効取得したと主張することはできません。

何かしらの権利を時効取得するには、"時効に必要な期間の経過""時効を援用する意思表示"を必要とします。

そして、必要な時効期間が経過した後に、第三者が所有権を取得し、所有権の登記を備えてしまうと、時効取得したことを新所有者に主張することができなくなります。これを防ぐには、時効期間経過後、新所有者が登記する前に、時効を援用する意思表示をし、所有権移転登記をしておく必要があります。

新所有者が所有権の登記を備えてから、さらに必要な期間を経過すれば、改めて取得時効を援用して、通行権を有することを主張できますが、B社が問題となっている道路部分の所有権を取得したのは昨年11月なので、住民側は通行権の時効取得を主張することはできません。

 

3)権利の濫用(宇奈月温泉事件)

では、「50年にわたり問題なく利用してきたこと」という住民側の主張は全く無意味なのでしょうか。

民法13項には「権利の濫用は、これを許さない」と書かれています。

これは、たとえ正当な権利者であっても、その権利行使が不当なものであれば、その権利主張は認められないというものです。

この規定は最初に民法ができた当時はなかったものですが、宇奈月温泉事件という有名な判例を受けて、戦後追加されたものです。

宇奈月温泉事件 所有権が侵害されてもこれによる損失がいうに足りないほど軽微であり、しかもこれを除去することが著しく困難で莫大な費用を要するような場合に、不当な利益を獲得する目的で、その除去を求めるのは権利の濫用にほかならない。(大判昭10・10・5民集一四の一九六五)

民法13項のように、法律要件が抽象的に定められている場合、様々な事情を斟酌して裁判所はそれがあったかどうか(今回のケースでは、権利の濫用があったか)を認定します。

様々な事情のことを「評価根拠事実」「評価障害事実」といい、「50年にわたり問題なく利用してきたこと」は権利の濫用があったことの「評価根拠事実」として、住民側の主張の一部となります。

ただ、B社が要求している通行料が、維持管理費用や租税負担額を考慮して、これを大きく上回る額とは言えない場合には、権利の濫用には当たらないと考えます。

 

4)自力救済の禁止

B社は私道の入り口部分にバリケードを設置し、住民が通行できないようにしました。

これが私が「中世のような」印象を受けた理由です。

B社が私道の所有者であるとはいっても、法律上必要な手続きを経ることなく、このような形で住民の通行を排除すれば、「自力救済の禁止」に抵触します。

通行料を請求する権利があるか否かに関わらず、バリケード設置を不法行為として、B社は損害賠償責任を問われる可能性が高いと思われます。

なお、不法行為に基づく損害賠償債務は、加害者側から相殺して消滅させることは禁止されており、B社が反対債権を有する場合でも、賠償金を実際に支払う必要があります。

 

5)仮の地位を定める仮処分

今回、住民側が裁判所に申し立てた「通行妨害を禁止するよう求める仮処分」は、「仮の地位を定める仮処分」と呼ばれるもので、本番の訴訟を行う前に、時の経過によって生じる著しい損害や急迫の危険を避けるために行う民事保全手続です。

この手続きには、他に「解雇無効確認の訴えの前に行う賃金仮払いの仮処分」や「取締役解任請求訴訟の前に行う取締役の職務執行停止の仮処分」があります。

仮とはいっても、"訴訟と同様の口頭弁論""当事者審尋期日"が行われますので、本人が行うにはかなり難易度の高い手続きです。

弁護士に依頼することが必須になります。


次回は「他人の土地を通行する権利には何があるのか」について書いていきたいと思います。