いわさき司法書士事務所の津田です。

今年の7月1日より、民法の相続編(相続法)が改正されており、特に身近な部分として、被相続人名義の預貯金の遺産分割前の払い出しについて取り上げたいと思います。

以前は、被相続人の預貯金については、相続開始と同時に(遺産分割協議を経ることなく)相続人に法定相続分の割合で帰属するものとされていました(昭和29年4月8日平成16年4月20日最高裁判決)。

一方、金融機関の窓口では預金者の死亡がわかった段階で預金が凍結され、一般的に以下の書類をもって相続人の範囲・相続人全員の同意を証明しなければ、払い出しを受けることができないという、実務と法律が乖離している状態がありました。

  1. 被相続人の死亡を証する戸籍事項証明書 ※1
  2. 相続人の範囲がわかる除籍謄本・戸籍事項証明書 ※1
  3. 相続人が被相続人死亡時に生存していたことを証する戸籍事項証明書 ※1
  4. 相続人全員が署名・押印した遺産分割協議書または払戻請求書
  5. 相続人全員の印鑑証明書(遺産分割協議書・払戻請求書に押印した印鑑にかかるもの)
    ※1…これらの書類は法定相続情報一覧図で代用することができます。


平成28年12月19日最高裁大法廷決定
で、従来の考え方を大きく覆し、

「共同相続された普通預金債権、通常貯金債権及び定期貯金債権は、いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となるものと解するのが相当である。」

という判断を下して、実務に近い考え方になりました。


今回の改正はこれを受けてのもので、あわせて、葬儀費用や相続税の支払いのために、相続人間の権利関係が確定していなくても、一定の範囲内で預貯金の払い出しを受けられる制度の創設がされることになりました。

遺産分割前の預貯金の払い出し制度には二種類あり、

  • 家庭裁判所が関与しないもの(民法909条に基づく仮払いを受ける方法)
  • 家庭裁判所が関与するもの(家事事件手続法200条の仮分割の仮処分を申し立てる方法)

があります。

上記の判例の立場に立った場合、遺産分割前は、金融機関に対する預貯金債権は金銭に類似した相続財産として、相続分の割合で相続人が共有しており、遺産分割により帰属が確定するまでは浮動的な状態に置かれます。

この状態だと、消滅時効の完成を阻止するなど保存行為に該当するものを除いて、各相続人が個別に権利行使することは認められず、処分行為として相続人全員による権利の行使が必要となります。

その例外として、今回の改正より、預貯金債権に対する一定の割合の範囲で、各相続人による払い出しが認められることになりました。

【民法第909条の2(遺産の分割前における預貯金債権の行使)】

各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の三分の一に第九百条及び第九百一条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。

【民法第909条の2に規定する法務省令で定める額を定める省令】

民法(明治二十九年法律第八十九号)第九百九条の二の規定に基づき、同条に規定する法務省令で定める額を定める省令を次のように定める。 民法第九百九条の二に規定する法務省令で定める額は、百五十万円とする。

これによって払い戻しが可能となる金額は、

請求者が払い出しを受けることができる額
=(その金融機関の預貯金の金額÷3)×請求者の法定相続分の割合

これが150万円を超える場合には、150万円となります。


そして、この金額は債務者(金融機関)ごとに判断することになるので注意が必要です。

なお、この制度を用いて金融機関から預貯金の払い出しを受けるには、1~3の書類(法定相続情報一覧図で代用可能)と払戻請求書、請求者本人であることを確認できる書類を窓口で提出することになります。

ただし、金融機関の対応状況にはバラツキが見られ、別途書類が要求されることがあります。

なお、この制度は金融機関への請求が今年の7月1日以降であれば、それ以前の相続についても可能です。

一方、家庭裁判所が関与する手続きの方は、従来からある「仮分割の仮処分」というもので、遺産分割調停や審判手続きが行なわれている場合に、「(家庭裁判所が)預貯金債権を行使する必要があると認めるとき」に払い戻しを受けられるようにするものです。

※ 改正前は「(家庭裁判所が)急迫の危険を防止するために必要があると認めるとき」とされており、改正により払い戻しを受けやすくなりました。

【家事事件手続法200条3項】

前項に規定するもの(遺産分割前の保全処分のこと)のほか、家庭裁判所は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権(民法第466条の5第1項に規定する預貯金債権をいう。以下この項において同じ。)を当該申立てをした者又は相手方が行使する必要があると認めるときは、その申立てにより、遺産に属する特定の預貯金債権の全部又は一部をその者に仮に取得させることができる。ただし、他の共同相続人の利益を害するときは、この限りでない。

なお、遺産分割前に相続財産の一部を取り崩すことになるため、遺産分割に財産の帰属が確定した結果、払い戻しを受けた者が余分に受け取っていることになる場合、通常は遺産分割手続きの中で精算されることになります。


しかし、家庭裁判所の手続きによらないで預貯金の払い出しを受けた相続人が精算できない場合もあり、この場合、民法478条の規定によって金融機関が保護されるのかは未知数です。※2
※2...そのため、金融機関としては従来から法律で求める要件より、過重された手続きを踏まなければ払い出しに応じないという運用がされてきました。

【民法478条(債権の準占有者に対する弁済)】

債権の準占有者に対してした弁済は、その弁済をした者が善意であり、かつ、過失がなかったときに限り、その効力を有する。


このような制度を用いなくても、被相続人が遺言を作っていたり、早期に遺産分割を終了させて、権利の帰属が確定してしまえば、このような懸念はなくなります。


今回はこれで失礼します。